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山口県の詩人 金子みすゞ
山口県出身の金子みすゞ(かねこみすず)は大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した童謡詩人で、小学校の国語教科書にその詩が採用されたり、生涯が映画・テレビドラマ・舞台などで演じられています。

金子みすゞの生涯
本名 金子テル(1903年(明治36年)4月11日 - 1930年(昭和5年)3月10日)

金子みすゞは明治36年、山口県大津郡仙崎村(現・長門市仙崎)に生まれました。成績は優秀、おとなしく、読書が好きでだれにでも優しい人であったといいます。
そんな彼女が童謡を書き始めたのは、20歳の頃からでした。
『童話』『婦人倶楽部』『婦人画報』『金の星』と4つの雑誌に投稿した作品が、そのすべてに掲載されるという鮮烈なデビューを飾ったみすゞは、『童話』の選者であった西條八十に「若き童謡詩人の中の巨星」と賞賛されるなど、めざましい活躍をみせていきました。
金子みすず
20歳のみすゞ(大正12年5月撮影)
写真提供:金子みすゞ著作保存会

23歳で結婚したものの、文学に理解のない夫から詩作を禁じられてしまい、さらには病気、離婚と苦しみが続き、昭和5年(1930年)26歳という若さでこの世を去ってしまいました。

この短い生涯で金子みすゞは、512編もの詩を綴ったとされています。
しかし、死後金子みすゞの詩は忘れられ、幻の童謡詩人と語り継がれるばかりとなっていました。

金子みすゞの作品
50年以上忘れられていた金子みすゞの作品は、児童文学者の矢崎節夫氏(現・金子みすゞ記念館館長)の努力で1982年に出版され、瞬く間に全国に広まり、今では小学校「国語」全社の教科書に掲載されるようになりました。

天才童謡詩人、金子みすゞ。自然の風景をやさしく見つめ、優しさにつらぬかれた彼女の作品の数々は、21世紀を生きる私たちに大切なメッセージを伝え続けています。

【わたしと小鳥とすずと】
わたしが両手をひろげても、
お空はちっともとべないが、
とべる小鳥はわたしのように、
地面(じべた)をはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴るすずはわたしのように
たくさんなうたは知らないよ。

すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい。

【こころ】
おかあさまは
おとなで大きいけれど、
おかあさまの
おこころはちいさい。

だって、おかあさまはいいました。
ちいさいわたしでいっぱいだって。

わたしは子どもで、
ちいさいけれど、
ちいさいわたしの
こころは大きい。

だって、大きいおかあさまで、
まだいっぱいにならないで、
いろんなことをおもうから。

出典:『金子みすヾ童謡集 わたしと小鳥とすずと』(JULA出版局)より
※金子みすヾの詩は金子みすゞ著作保存会の了解を得て掲載しています。
※転載される場合は、必ず「金子みすゞ著作保存会」の許可を得てください。

金子みすゞのふるさと山口
歌手・作曲家「ちひろ」オフィシャルサイト
山口県を中心に活躍されている歌手・作曲家ちひろさんは、金子みすゞの詩に曲をつけて歌っておられます。
>> 「ちひろ」オフィシャルサイト

金子みすゞ記念館
金子みすゞの作品をはじめ、当時の雑誌や関連資料が展示されています。金子みすゞの作品を再び世に送り出した矢崎節夫氏が館長をされています。
>> 金子みすゞ記念館
金子みすゞ記念館
■開館時間
9:00〜17:00(入館は16:30まで)
■休館日
毎月最終火曜日(祝日の場合は翌日)
年末年始(12月29日〜1月1日)
■住所
〒759-4106
山口県長門市仙崎1308
■連絡先
TEL:0837-26-5155
FAX:0837-26-5166
常設展示室
常設展示室
文英堂
文英堂

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